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アルザス人を愛したゲーテ

ドイツ古典主義を代表する文豪、詩人のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。
ゲーテは、1770年~1771年、ストラスブール大学で法律を学んだ。そこで、牧師や哲学者など多くの友人を作り、ホメロスやシェークスピアの真価、聖書や民謡の文学的価値など、様々な新しい文学上の視点を学んだ。
ゲーテとアルザス

この時期、ストラスブールから北へ40km行った所にあるアルザスの小さな村セッセンハイム(Sessenheim)で、ゲーテは、同村の牧師の娘フレデリックと出会い、恋に落ちる。
ゲーテとアルザス
セッセンハイムのプロテスタント教会

「わらべはみーたーり、のなかのばーら♪」で知られるシューベルトの歌曲『野ばら』の歌詞は、後に、ゲーテがフレデリックを想って書いた詩である。

ゲーテとアルザス

周囲の誰もが結婚すると考えるほど親密な恋に落ちながら、1771年夏、ゲーテは、彼女の元を突然去ってしまう。

この女性は、後に、ゲーテの代表作『ファウスト』のマルガリーテ(グレートヒェン)のモデルとなった。
『ファウスト』は、ゲーテが約60年かけて書き上げた大叙事詩である。ダンテの『神曲』の影響を色濃く受けていて、韻律があったり、ギリシャ神話の世界を旅したりする。『神曲』は、神聖喜劇、『ファウスト』は、神聖悲劇と呼ばれることもある。
ゲーテとアルザス

主人公ファウストは、自らの欲望を満たすだけの行動をして、人の人生を滅茶苦茶にしながら、最後に救済される。魔法やら錬金術やらが取り上げられるが、この作品によって、ファンタジーの世界が限りなく広げられた。『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』、現代の様々なマンガの元祖だ。
日本語には、もともと「魔女」という言葉さえなく、森鴎外が『ファウスト』を翻訳したときに使ったのが最初と言われている。

ゲーテとアルザス
ゲーテ記念館

ゲーテの同時代人、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトや、ドイツの作曲家ベートーヴェンは、ゲーテ作品の愛読者であった。『ハイジ』の作者ヨハンナ・シュピナリや、グリム兄弟もまた、ゲーテの傾倒者であった。ゲーテ作品の考え方、感じ方は、人それぞれ。
ゲーテとアルザス
ゲーテ博物館

プロテスタントの家庭に生まれ育ちながら、汎神論者となったゲーテ。彼は矛盾を恐れなかった。
ゲーテが言ったわけではないけど、「この世は、考える者にとっては喜劇であり、感じる者にとっては悲劇である。」という言葉があったっけ。

ゲーテとアルザス

様々な女性との恋の体験を執筆の動機としたゲーテに対して、ゲーテとの恋に破れたアルザス人女性フレデリックは、一生独身で過ごした。
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