ホワイトアスパラガスから、種を蒔く人を考える。

果てしなく続く砂地…。
今から150年前の1873年。乾燥していて、何も育てることができなかったアルザスのウート(Hoerdt)の町に、ある牧師が光の種を持ち込んだ。
ホワイトアスパラガス
起源は古代ギリシャ時代まで遡ることができ、フランス王室でも好まれた野菜。
アスパラガス」である。

実を結ぶまでには、最低3年は必要で、春の、短い決まった時期にしか収穫、販売できない野菜。
農家の人たちは敬遠した。だが、牧師はあきらめなかった。彼は何度も何度も人々に言い聞かせ、みんなで土を起こし、育てた。
種をまく人
数年後、この地は、ホワイトアスパラガスの生産でフランス全国に知られる町となる。

日本には、「桃栗三年、柿八年」という言葉がある。アルザス風に言うなら、「アスパラガス三年、グランクリュのブドウ八年」といったところか。植えてから美味しい実がなるまでには、時間がかかるのだ。
ホワイトアスパラガス

何もできないような地にも、野菜ができる。
私は、マタイによる福音書の13章「種を蒔く人」のたとえを思い出す。
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種をまく人が種まきに出て行った。
まいている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
他の種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
他の種は、いばらの間に落ち、いばらが伸びて、それをふさいでしまった。
ところが、他の種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。
耳のある者は聞きなさい。
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種を蒔く人は、を表し、種は、神の言葉を表し、
種が蒔かれた土地(道端、石地、茨の中、良い土地)は、人間の心の在り方を表しているらしい。
心をよい状態に保っておかないと、道端や石地や茨の中じゃ実を結ばないよという話なのだけど…。

ちょっと待って。
石だらけの道端や、ひどい場所でも、きれいに咲いている花や枝を伸ばす木を見たことない?
種をまく人
神は、世界中に素晴らしい種を蒔いている。
私は、種を蒔く人は、で、種は、聖霊で、種が蒔かれた土地は、神のちからを信じる人だと思う。
神のちからを信じていれば、どこにいたって、どんな状況だって、何らかの形で実りを得られるようになるよ、という話と、解釈できるように思う。

ちなみに、「桃栗三年、柿八年」の続きは、「梅は酸い酸い十三年、梨はゆるゆる十五年、柚子の大馬鹿十八年、蜜柑の間抜けは二十年」らしい…。
実るまでには、時間がかかるから、あせらずにゆっくり行こう。
種をまく人
時間がかからないのは、映画の中だけ。
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ぶるぐれんとうざき

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