世界の中心で、愛を叫ぶ。

世界の中心で、愛を叫ぶ』の映画が大ヒットしてから20年の月日が流れた。
あれから20年経った今も、「泣ける日本映画」のランキング1位に君臨し続けている。
この映画といったらこの歌。
今から20年前に発売された平井堅の20枚目のシングル『瞳をとじて


空港で、朔太郎が亜紀を抱えて、「助けてください!」と叫ぶシーンは、悶絶ものだった。
セカチュー

最近まで知らなかったが、
2004年は、メル・ギブソンが、イエス・キリストの受難を描いた『パッション』を公開した年でもあった。
日本人にとって、キリスト教は、とても遠い存在だと思う。
イエス・キリストの行った様々な奇跡の話ばかりが、一人歩きしてしまって、「そんな馬鹿な…」という印象を持っている人が多数だと思う。
「聖書なんて作り話でしょ」と。
そこで、見ていただきたいのが、この映画。
キリストの受難

イエス・キリストが十字架につけられるまでの12時間を描いた映画。
イエスが、痛みも悲しみも感じる一人の人間であったことが、よくわかる。
これがキリスト教。
「神が人として生まれ、全人類の罪を背負ってくれた」ということを、信じるか信じないか?
「自分という人間が犯した罪を、何も罪を犯していない人間に担わせてしまった」ということを、目の当たりにできるかできないか?
キリストの受難

あくまで例えだが、
「自分の子供が、自分の罪のせいで、拷問されている」のを、耐えられるか?
私は、どんな理由でも、自分の子供が拷問されるのは絶対嫌。
そんな場面に居合わせなければならなくなったら、『世界の中心で愛を叫ぶ』の朔太郎のように「どうか助けてください!」と、泣き叫ぶことしかできない。どんなに泣き叫んでも足りない。想像するだけで、震える。
セカチュー
罪を代わりに背負ってくれるのが、イエス・キリスト。

キリストのことを思って、心の底から真摯に祈り、悔い改めたら、神が赦してくれる、というのが、キリスト教の核心。
キリスト
罪を悔い改めた罪人とイエスと罪を悔い改めなかった罪人(カイゼルスベルグの聖十字教会)

ただし赦すかどうか決めるのは神。
罪だとわかっていて罪を犯すのは、神に挑むようなもの。
神が気に入らないことをするのは、やめた方がいい。
キリストの受難

イザヤ書53章は、紀元前700年頃、つまりイエスが生まれる700年前頃に書かれた。
預言されていたとおりに、物事は進んだ。
聖書は、神の言葉で、神の設計図
聖書

近代哲学の父、デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と命題を出し、論理的に神の存在を導き出したそうだ。
私は、哲学がさっぱりわからない。
でも、身の周りのものを見ているだけで、とても楽しい。
さらに、調べたり、考えたり、学んだりしてみると、底なしに面白い。
こんな複雑な世界を作った神は、本当にすごい。
考える人
ロダンの『考える人』

神がいなかったら、こんな複雑な人やものが、バランスよく存在することなんて、無理。
人間の細胞いくつあるか知ってる?
30ピースのパズルをテーブルから落としただけでも、バラバラになるのに、
何兆個もの細胞が、「ただただ自然に偶然に」うまく機能していると思う?
アンパンマンのパズル

私は論理的に考えることができない人間なので、
われ神を信じる、ゆえに神あり
で、いいのではないかと思う。
真実はそこにある by 『Xファイル』

あとは、ときどき神の設計図をチラ見して、人生を建てていけば、上手くいく確率が高まるらしい。
設計図がないと、こんな風になってしまうから…
カオスな家

今の世の中って、これに近いよね。
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