1821年6月18日、アルザス地方ストラスブールで、牧師の家庭に生まれた
テオフィル・シュレール。
パリ、アルザスで活躍した
ロマン主義を代表する画家である。

『死の戦車』は、27歳のテオフィルが、実際にパリで目撃した1848年の2月革命にインスピレーションを受けて描いた作品。芸術作品へ
検閲が入っていた時代、画家たちは、隠喩や寓意、イメージを使って、権力を批判した。この作品では、当時の
シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト(後のナポレオン3世)政権を批判している。この時代はどんな時代だったのだろう…!?
フランス革命というと、
自由と
平等の歴史だと思っている人が多いが、そんなことはない。

たった約半世紀の間に、1789年のフランス革命、1830年の7月革命、1848年の2月革命と、3回も反乱が起きた。そして、1789年のフランス革命から1870年に第三共和政になるまで、恐怖政治やら、帝政やら、復古王政やらが入り乱れた。
王の首をはねたくらいで、世界は変わらない。次から次へと権力者が現れては消えていった。
1848年の2月革命の後、大統領選挙で大統領になったルイ・ナポレオンは、1852年に皇帝に即位し、ナポレオン3世となった。
ナポレオン3世の権力は外交的成功によって支えられていた。アフリカ・アジアに植民地を拡大し、
クリミア戦争ではイギリスと同盟してロシアに対して勝利し、フランスの国際的地位を高めたことが知られている。

ところで、今から
170年前に勃発したクリミア戦争。ロシアのせいで始まったと説明されることが多いが、本当にそうだったのか?実は直接のきっかけを作ったのは、フランス国内のカトリックの
人気取りを目ざすナポレオン3世であった。
戦争が始まる前年、ナポレオン3世は、オスマン帝国に対して、聖地エルサレムの管理権をギリシア正教徒から取り上げてカトリックの司祭に与えるよう要求し、オスマン帝国はこれに屈した。このことは、オスマン帝国領内に住む正教徒の地位を危うくし、また全正教徒の庇護者をもって任ずる
ロシア皇帝の面目失墜にもつながるものであった。そこでロシア皇帝ニコライ1世は特使を派遣、聖地管理権の復活と正教徒の権利の保障とをオスマン帝国に要求した。そして戦争へ…。

『世界の歴史まっぷ』より
戦争に負けたロシアは、住人のほぼ全てがロシア人であったクリミアを失い、1隻の軍艦も黒海に浮かべることができなくなった。
今話題の戦争も、
大半の欧米人や日本人には知らされていない事実があったりして。

テオフィル・シュレール作『
死の戦車』は、1830年の7月革命を描いたウジェーヌ・ドラクロワ作『
民衆を導く自由の女神』に影響を受けている。
ドラクロワの絵は、自由・フランス共和国を擬人化した女性(マリアンヌ)が映える絵。(自由を象徴する)フリジア帽をかぶった女性を描いた寓意作品は、紀元前から存在した。紀元前から続く、人々の想い…
現在まで続く長い戦いに、
自由が勝利する日はくるのであろうか…?
テオフィル・シュレール作『死の戦車』に戻って、話を進めよう。
『死の戦車』のピラミッドの上には、赤いケープをまとった詩人(『
神曲』のウェルギリウス又はダンテ)が描かれている。その下には、音楽、絵画、科学、建築などを象徴する人、司教や罪人など、45の、身分も職も異なる人々が描かれている。

ヨセフとマリア。マリアの右手は、天を示している。

旗を持っているのはガヴローシュ。ヴィクトル・ユーゴー著『レ・ミゼラブル』に登場する人物。

網にかかった魚の上に座っている男は、預言者
ヨナ。自由、フランス共和国を象徴するフリジア帽をかぶっている。首には十字架のネックレス。

旧約聖書の『
ヨナ書』は、希望を持って読める話だ。
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紀元前
700年頃、ヨナは、神の言葉を受けた。
その内容は、ニネヴェという町が悪に満ちているから悔い改めるように神の言葉を伝えなさいということだった。
ニネヴェは当時のイスラエルの敵であった大きな町。ヨナは神の言葉に従わず、それを拒否する。船に乗り込み、別方向へ逃れようとするが、ヨナが乗った船は嵐に遭ってしまう。
嵐の原因は誰なのか、くじ引きをするとくじがヨナを示し、ヨナが告白したため、人々はヨナを海に投げ入れる。すると、嵐は収まった。
海に投げ込まれたヨナは大きな魚に飲み込まれてしまう。魚に飲み込まれたヨナは、3日3晩、神に祈った。そんなヨナの切実な祈りを聞いた神はヨナを魚の中から救い出す。
ギュスターヴ・ドレ作『大魚に吐き出されたヨナ』
その後、神の言葉に従ってニネヴェの町に向かったヨナは、ニネヴェの町の人々に「あと40日したらニネヴェは滅びる」と、神の言葉を伝える。
異教徒であったニネヴェの王と民たちは、身分の高い者も低い者も、みんなそろって
悔い改めた。そこで、神は災いを下すのをやめた。

ヨナが「どうせこうなることがわかっていたから、嫌だったのに」と神に訴えると、
神は、「どうして私が、12万人以上の右も左もわきまえぬ人間と無数の家畜たちを惜しまないことがあろうか」と諭した。
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神は、善悪をわきまえない人間たちも、家畜たちも、大事に思っている。
たとえ
神が災いをくだそうと予定していても、思い直すことがある、という話。
死の戦車を引く15頭の馬の骸骨は、『
黙示録』を思わせる。

『黙示録』は、地球の破滅、例えば核戦争や惑星の衝突などによる世界の終わりだと日本人の多くが考えている。しかし、実はそこで話は終わっていないのだ。その続きは、
「キリストは、今この瞬間も私と一緒に生きている」と心から信じる者は永遠に救われるという内容。
人間は、旧約聖書の時代から、既に『黙示録』のような時代を何度も乗り超えてきた。私たちが
悔い改めれば、神は許してくれる。
死の戦車は、西に向かって走っている。
画面左手上には、人類の罪を背負ってくれたイエス・キリストの十字架。
復活を予感させる死。

私たちの子供たちや孫たちが本当の自由を手に入れられるかどうか、その運命は、
私たちの肩にかかっている。この絵画のピラミッドの頂上にいる詩人の横顔に灯る、救済の光を信じて。
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